ノーベル賞をとるAIが生まれたら?
科学は、どこまで世界を理解できるのでしょうか。法則から紙と鉛筆によって記述できる世界は、自然のほんの一部にすぎません。生命、物質、環境、社会。私たちが直面している多くの対象は、非線形で、多層的で、相互に絡み合った「複雑系」です。こうした複雑性を前にして、従来の科学の方法論は、静かに限界に近づいています。いま科学は、単なる計算の高速化や自動化を超えて、仮説の立て方、理解の仕方、さらには科学の主体そのものを問い直す局面に入っています。
複雑性:人間の科学の限界
私は物理学を研究してきました。物理学には大きく分けて二つの方向性があります。一つは、素粒子に代表されるような基本法則を突き詰めていくアプローチです。もう一つは、その基本法則から、なぜこの世界にこれほど多様で複雑な現象が立ち現れるのかを理解しようとするアプローチです。私は後者、すなわち生物を含む複雑な存在がどのようにして生まれてくるのかという問いに、長く関心を向けてきました。
ところが、この「複雑さ」を研究対象にすると、従来の理論的な理解の方法は早々に限界を露呈します。紙と鉛筆で美しく解ける問題は、実は自然界の中ではごく一部にすぎません。非線形で相互作用が絡み合った現象の多くは、解析的に解くことができず、シミュレーションに頼るか、あるいはデータから直接モデルを構築するしかありません。私自身も長らくシミュレーションを主軸に研究してきましたが、近年、状況は大きく変わりつつあります。
AGISで取り組んでいる、AIによって科学を加速する試み「AI for Science」は、こうした変化の延長線上にあります。AI for Scienceという言葉は、「計算が速くなる」「実験が自動化される」といった効率化の話として受け取られがちです。しかし私が本当に重要だと考えているのは、科学の中心のプロセス、とりわけ仮説生成やモデル化といった推論の前提にAIが関与するということなのです。
データが変える科学
これまでの科学の営みでは、仮説は人間の科学者の経験や直観に大きく依存してきました。実験、理論、シミュレーション、観察を往復しながら、少しずつ未知の領域を切り拓いていく。そうした往復運動が、科学の基本構造だったと言えるでしょう。
AIは、この構造に、これまでとはまったく異なる要素を持ち込みます。膨大なデータを横断的に扱い、人間には一度に把握できない高次元のパターンを抽出し、さらには分野を横断した抽象化を行う。こうしたAIの特徴は、人間の経験や直観の延長線上にはなかった仮説の候補を提示する可能性を持っています。
この変化を象徴する事例として、タンパク質構造予測AIであるAlphaFoldが挙げられます。AlphaFoldは、長年にわたって実験的手法に大きく依存してきたタンパク質の立体構造予測において、高い精度での推定を可能にしました。ただし、ここで大切なことは、AlphaFoldが登場した背景には、機械学習技術そのものの進展だけでなく、タンパク質構造データが長年にわたって蓄積されてきたということです。仮に現在の機械学習技術が二十年前に存在していたとしても、当時のデータ量では同じ成果を出すことは難しかったでしょう。
AI for Scienceにおいて、データをどのように取得し、蓄積していくかが、研究の成否を左右する重要な要素なのです。そのためには、実験や観測そのものの自動化、ロボティクスを含むデータ生成プロセスの自動化が不可欠です。AGISの大きな目標の一つは、科学の基盤モデルを構築することですが、それと同時に、実験科学、ライフサイエンス、物質科学、計算、ロボティクスといった複数の領域を横断しながら、研究プロセス全体をAI・自動化技術と組み合わせることを進めています。
未来の科学者は、人間とAIの複合体
AI for Scienceにおいて取り組むことは、科学の主体の再定義です。従来、科学を遂行する主体は人間の科学者でした。AIは道具であり、補助的な存在にすぎなかった。しかし仮説生成やモデル構築にAIが深く関与するようになると、科学の主体は人間単独ではなく、人間とAIの複合体へと移行していきます。
これは、科学者の仕事がなくなるという話ではありません。むしろ逆なのです。何を問いとして設定するのか、どこに価値を見出すのか、AIが出してきた結果をどう解釈し、社会にどう位置づけるのか。そうした判断は、これまで以上に人間側に強く求められるようになるでしょう。
この役割分担は、科学研究の進め方そのものを変えるでしょう。科学者は、実験装置を手で操作することよりも、研究全体の設計に集中するようになります。問いの構造を設計し、AIがどの部分を担い、人間がどこで判断するのかを組み立てることが、科学者の中心的な仕事になるのです。
科学を開拓する、変化の場所
思考実験をしてみましょう。ノーベル賞をとるような発見をAIがしてしまいました。その発見はこの世界におけるさまざまな課題を克服する可能性があります。しかし、その発見が何で、どのようなものなのか、その説明が一切なかったら、どうすればよいのでしょうか?
AIが特に力を発揮するのは、複雑性の高い対象を扱う領域です。生命現象、細胞の応答、材料の自己組織化、非線形な化学反応ネットワークなどは、紙と鉛筆で理論的に理解することが極めて難しく、従来はシミュレーションに頼らざるを得ませんでした。しかし近年、十分なデータがあれば、AIが予測能力を持つモデルを直接構築できる段階に入っています。これは、複雑な対象を「理解してからモデル化する」という従来の科学の手順に揺さぶりをかけています。
その最たる例がAlphaFoldでしょう。タンパク質構造予測のように、入力と出力の対応関係が高精度で学習されれば、その内部が人間にとって直感的に理解できなくても、実用的な意味を持つ。因果関係を明示的に書き下せなくても、機能するモデルが成立してしまうことが、すでに現実に起きているのです。
この事実は、「理解とは何か」「説明とは何か」という問いを、人間の科学者に突きつけています。説明可能性をどこまで求めるのか、予測が成り立つことをどの段階で科学的理解とみなすのか。その判断は自明ではありません。私たちがこれから探すのです。
また、説明可能性の問題は、AIの社会的な正当性にも関わります。再現性、透明性、説明責任といった従来の科学が従ってきた原理は、AIによるブラックボックス的な仮説生成とは必ずしも整合しません。これはAI for Scienceが近い将来直面する社会課題です。だからこそAGISでは、モデル開発だけでなく、ロボティクスや自動化を含めた実験基盤を重視しています。人間の手作業に依存しない形でデータを取得し、実験条件を記録し、再現性を可能な限り高める。AIの不透明さを、実験の厳密さで補う設計こそが必要だと考えています。
AGISが目指すのは、科学を閉じた自動化ループに押し込めることではありません。AI、「富岳」のようなスーパーコンピュータ、ロボティクス、人間の科学者が相互に影響し合いながら、新しいオープンな知の生態系をつくることです。その中では、科学の価値は単なる効率や生産性では測れません。真理の探究と同時に、社会にどのような価値をもたらすのかという問いを、避けて通ることはできません。
私たちは科学者としてこの大きな変化の岐路に立ち、科学とは何か、理解とは何かを、改めて問い直し、つくりなおしていく。AGISは、その挑戦と責任を引き受ける先鋭的な組織であり、変化の場所なのです。
AIができることと、できないこと。
AI for Scienceは、あたかも科学のすべてを覆い尽くすかのように語られることがあります。しかし現実の研究現場に立つと、AIが容易には届かない領域が数多く残されていることに気づかされます。とくに高分子材料の研究は、無限に広がる探索空間とデータの希薄さを抱え、AIの限界を最も鋭く露わにする分野の一つ。AIができることと、できないこと。その境界から、これからの科学の進め方を考えてみましょう。
AI以前にある問題
AGISでは、AI for Scienceを「AIが科学研究を加速する」「研究が自動化される」といった表現とともに語ることが多くあります。しかし私は、その入口に立つ前に、まず別の問いを立てる必要があると考えています。それは、AIが介入する以前に、科学研究の側はどこまで準備ができているのか、という問いです。
私はこれまで、材料科学、とりわけ高分子材料の研究に携わってきました。高分子材料は、プラスチックやゴム、繊維など、社会や産業のあらゆる場面で利用されている材料です。一方で、AIを用いたデータ駆動型研究という観点から見ると、きわめて遅れた領域でもあります。端的に言えば、AIが前提とする量と形式を備えたデータが、十分に存在していない分野なのです。
高分子材料は、化学構造の自由度が非常に高く、合成や評価のプロセスも多段階にわたります。そのため、実験一件あたりのコストが高く、得られるデータは研究室ごとに分断されがちです。こうした事情から、分野全体でデータを共有し、オープンな形で蓄積していく文化が、これまでほとんど育ってきませんでした。
AIは、データがなければ機能しません。これは技術的な未熟さの問題ではなく、原理的な制約です。将棋や囲碁、あるいはAlphaFoldに代表されるタンパク質構造予測のように、AIが顕著な成果を上げてきた分野では、長年にわたって蓄積され、共有されてきた巨大なデータ基盤が存在していました。高分子材料の研究は、そもそもその前提条件を欠いた分野だと言えます。
私が提唱している「ポリマーオミクス」は、この状況を転換するための試みです。ポリマーオミクスとは、高分子材料を一つ一つ個別に理解するのではなく、構造、合成条件、物性、機能といった要素を統合的に扱い、網羅的かつ体系的に理解しようとする研究の枠組みです。
具体的には、計算機上で高分子材料の性質を再現する大規模なシミュレーションを行い、その結果を体系的なデータベースとして整備します。さらに、実験ロボットを用いて現実世界での合成や評価を自動化し、実験データを継続的に生成します。これらを計算データと結びつけることで、AIが利用可能な形で知識を蓄積していくことを目指しています。
生命科学の分野では、ゲノミクスやプロテオミクスが膨大な分子情報を横断的に扱うことで、新たな知見を生み出してきました。同様に、高分子材料の世界においても、「網羅的に扱える状態」を整えることが重要になります。ポリマーオミクスは、そのための基盤を構築しようとする取り組みなのです。
AIを用いた科学における「スケール」の課題
ポリマーオミクスに取り組むなかで、私はAIを用いた科学と従来の科学とのあいだに存在する、さまざまな課題に直面してきました。それらを欠点として捉えるのではなく、今後必ず顕在化する課題を先取りしているものとして向き合うようにしてきました。
その一つが「スケール」の問題です。ここで言うスケールとは、どの程度のデータ量や試行回数があれば、科学的に意味のある議論や予測が可能になるのかという、量に対する認識のことを指します。
従来の高分子材料の実験科学では、数十点から数百点規模のデータであっても、仮説検証や理論構築において十分に意味のある研究が成立してきました。研究者は限られたデータの中から傾向を読み取り、次の実験や理論へとつなげてきました。そのようなスケール感覚のもとで、この研究領域は発展してきたのです。
しかし、AIを用いて汎用的な予測モデルを構築しようとすると、この前提は大きく変わります。機械学習は、個別の事例を理解するというよりも、データ全体に内在する統計的な構造を学習する手法です。そのため、モデルが安定して機能するためには、少なくとも十万点、場合によっては百万点規模のデータが必要になることが多くあります。さらに長期的には、数十億や数百億といった桁のデータ量が視野に入ってきます。これは誇張ではなく、現在の機械学習手法が持つ統計的性質から要請される、現実的な条件です。
このような“桁違い”のスケール感覚の違いは、研究者の感覚や既存の研究体制とのあいだに、大きな断絶を生む可能性があります。自動実験装置やロボットを導入すれば、自然に大量のデータが得られると考えられがちですが、実際にはそう単純ではありません。多くの場合、自動化された実験であっても、得られるデータは数十点から数百点規模にとどまります。装置を自動化しただけでは、AIが前提とするスケールには到達しないのです。
では、どのようにしてAIにとって意味のあるスケールに近づくことができるのでしょうか。重要なのは、実験装置そのものよりも、実験設計の考え方を根本から見直すことです。どの条件を、どの範囲で探索するのか。どの物性を優先的に測定するのか。こうした判断が、得られるデータの量と質を大きく左右します。
この部分には、研究者の経験や判断が強く関与しており、単純に自動化できるわけではありません。むしろ、人間の知見とAIの計算能力をどのように組み合わせるかが問われている領域だと言えるでしょう。
AGISでの取り組みは、こうした課題を解決するための試行錯誤でもあります。従来の研究文化や方法論を尊重しながら、AI時代に適応した研究のスケールへとどう移行していくのか。その過程で、研究分野としての持続性を保ちつつ、継続的に意味のあるデータを生み出し続けられるのか。その問いに向き合い続けることが、AGISの重要な役割だと考えています。
AIが届かない場所を、ともに科学する
また、高分子材料の研究では、探索すべき材料空間が事実上、無限に広がっています。どれほど計算資源や実験装置が高度化したとしても、そのすべてがデータで埋め尽くされる日は、少なくとも数十年単位では訪れないでしょう。つまり、高分子材料の研究は、AIが容易に到達できない領域を多く含む分野だと言えます。
科学の本質は、未知の領域、すなわち未踏領域を探ることにあります。未踏である以上、そこにはあらかじめ整備されたデータは存在しません。データがなければ、AIは直接的に介入することができません。この制約は、技術がどれほど進歩しても、本質的には変わらないものだと考えられます。AIは既存のデータからパターンを学習することは得意ですが、データが存在しない場所に自ら踏み出していくことはできないからです。
その結果、AIが活用されやすい科学は、データが比較的そろいやすい領域に偏る可能性があります。これは、科学の進め方そのものに偏りを生みかねません。こうした点からも、AI for Scienceは「AIがすべてを解決する」という前提から始めるべきではないことが、改めて明らかになります。
むしろ重要なのは、AIが届かない領域が必ず存在することを前提にしたうえで、人間の研究者とAIの役割分担をどのように設計するかという視点です。どこまでをAIに委ね、どこからを人間が担うのか。その境界を意識的に引き直すことが、これからの科学研究には求められているのではないでしょうか。
その意味で、AGISが掲げる「基盤モデル」という考え方は、AIの限界を踏まえつつ、人間の探索をどこまで支援できるかを考えるうえで重要だと感じています。巨大なデータから汎用的な知識を学習したモデルを用意し、それを起点として、比較的少数のデータしか得られない特定の領域へと適応させていく。この方法は、AIがリーチしにくい、データが希薄な領域への橋渡しを試みるものだと言えるでしょう。
AGISの役割は、AI for Scienceに関する「正解」を示すことではないと私は考えています。データ、計算、実験、さらには研究制度や研究文化といった要素が複雑に絡み合う問題に対して、どこから手をつけるべきかを、実際の研究現場で一つずつ検証していく。そのための実験場であることこそが、AGISにとって何よりも重要なのではないでしょうか。
AIは科学から何も奪わない
20世紀の科学は、世界を説明するための強力な理論を築いてきましたが、その一方で人間の限界も明らかにしてきました。AI for Scienceは、そうした限界をAIによって乗り越える試みですが、科学から何かを奪うものではありません。むしろ、人間の科学と協調し、科学を前進させるものなのです。
科学の「未解決問題」に挑む
20世紀の科学は、自然を理解するための強力な理論的道具を数多く生み出してきました。相対性理論や量子力学、統計力学は、直感的には複雑に見える現象を数式として記述し、予測と制御が可能な対象へと変換してきました。これらの理論は、外部とのやり取りが限定され、状態が時間とともに大きく変化しない「平衡系」と呼ばれる系で多くの成功を得ました。
平衡系とは、たとえば密閉された容器の中で十分に時間が経過し、温度や圧力が一様になった状態のように、全体が安定した条件にある系を指します。このような系では、多数の要素の振る舞いを平均化し、全体を少数の変数で表現することが可能になります。その結果、理論と実験の対応関係を比較的明確に描くことができました。
一方で、20世紀の科学が十分に扱えなかった領域も存在します。それが「非平衡系」や「複雑系」と総称される問題群です。非平衡系とは、外部からエネルギーや物質の出入りがあり、系の状態が常に変化し続ける系を指します。生命現象はその典型ですし、気候変動、脳の活動、社会システムなどもそうです。これらは複雑系とも呼ばれます。
これらの系では、要素の数が膨大である(大自由度)だけでなく、要素同士が一様に振る舞いません。個々の要素がそれぞれ異なる状態や履歴、つまり「個性」を持ち、それらの相互作用の積み重ねとして、全体としての振る舞いが立ち上がります。たとえば、個々の細胞や個人の行動を単純に平均しただけでは、生命や社会のダイナミクスを説明できないのです。
非平衡系では、このような理由から単純な平均化や近似が通用しにくく、境界条件も単純には定義できません。その結果、系の状態を表現するのに必要な変数の数が爆発的に増え、人間の認知能力で扱えるようなコンパクトな数式などでの表現が困難になります。大自由度非平衡系こそが、20世紀科学が次の世代へ引き渡した宿題だと言えます。
AI for Scienceが最も大きな力を発揮すると思われるのは、まさにこの領域です。ただし、それはAIが万能であり、従来解けなかった問題をすべて解決できるという意味ではありません。重要なのは、多数の変数を同時に扱い、複雑な相関関係をできるだけ失わずに保持したままモデル化する計算的手段が、ようやく現実的な規模で利用可能になったという点です。
また、AIは、既存の数学や理論を置き換えるような存在でもありません。AIは科学から何かを奪うのではなく、これまでの理論や計算では手の届かなかった領域に対して、新たな足場を提供し始めているのです。
AIが自動化する知的労働
AI for Scienceという言葉から、科学者そのものを代替する技術を想像する人は少なくありません。もちろんそういった側面もあるでしょう。しかし、それ以上に、これまで理論化や体系化が困難だった領域に踏み込むための、新しい科学のかたちを示す試みでもあるのです。
20世紀を振り返ると、産業革命は主に人間の肉体労働を自動化する技術でした。蒸気機関や機械化によって、人間の力や速度の制約は取り払われ、生産の規模と速度は飛躍的に拡張されました。同様に、21世紀のAIは、後に「知的労働の自動化技術」と位置づけられることになるでしょう。ここで言う知的労働とは、判断、探索、最適化といった、一定の規則性や反復性をもつ作業も含みますし、さらには新たな仮説の創成のような創造性そのものが問われる思考過程も含みます。
人類の創造的な試行錯誤の現場の最たるものは何か?それは、芸術活動と並んで、科学研究でしょう。従って、AIという新しいテクノロジーを最も先導的に導入し、その影響を受け、また最も多くのメリットを享受出来る分野の一つは、確実に科学研究なのです。
科学の本質はデータを生む現場にある
現代のAIは、データと計算資源に強く依存しています。インターネット上に存在する膨大な情報を収集し、学習に利用できる巨大IT企業が優位に立ってきた背景には、この構造があります。
一方、科学に用いられるAIを考える場合、データはもともと存在しているものだけではなく、つくることも考えなければいけません。実験科学では、多くの場合、厳密に設計された実験や観測のプロトコルを通じて、はじめて生まれます。ここで言うプロトコルとは、実験条件の設定、測定手順、使用する装置、誤差の扱い方などを含む一連の取り決めです。
つまりAI for Scienceにおける科学の本質は、データを生む現場にあります。重要なのはデータの量や形式だけではなく、それがどのような現場で、どのような手続きを経て生み出されたか、そのものなのです。
たとえば理化学研究所では、オルガノイドの作製、材料合成、精密な物理計測など、特定のラボ環境でしか実行できない高度な実験手法が長年にわたって蓄積されています。これらのプロトコルは、単に再現が難しいというだけでなく、研究者の判断や熟練の技能が深く組み込まれており、先端的な研究現場でしか作り出せないものです。
こうした実験プロセスを自動化し、計算と結びつけることができれば、AI企業だけでは容易に代替できない科学的知見が生まれる可能性があるのです。
また、AGISが構想するAI for Scienceは、既存のデータを大量に集めて学習することを主目的としたAIとは異なります。次にどのデータが必要かを判断し、その生成過程にまで踏み込む点に特徴があります。この考え方は一般に「能動学習」と呼ばれています。能動学習とは、AIが仮説や不確実性に基づいて次に試すべき実験条件を提案し、ロボットなどの自動化された装置が実行し、その結果を再び学習に取り込むという循環を指します。
ここで学習の対象となるのは、すでに静的に蓄積されたデータだけではありません。データが生み出され続けるプロセスそのものが、学習の一部として組み込まれます。言い換えれば、科学研究の方法論そのものが、AIとともに更新されていくのです。
この循環において主導権を握るのは、必ずしもAIモデルの規模や数値的な精度だけではありません。どのような条件で、どのようなデータを生み出せるかという現場を設計し、安定的に運用する能力が問われるのです。我々が自律ロボット実験ラボの構築に力を入れているのは、このためです。
人間には、人間の科学が必要だ
では、AI for Science以降の科学はどのようなものになるのでしょうか。私たちの世界は、無数の素粒子が相互作用する極めて複雑な系であり、その時間や空間のスケールは人間の感覚から大きく外れています。人間の脳や五感は、何億年という生命進化の過程を経て、目の前の暮らしを生き延びることに最適化されてきたものです。例えば、生命の進化の過程では、ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)といった短い時間や、パーセク(1パーセクは約3.26光年)といった長い距離を直感的に把握することは求められて来ませんでした。つまり、私達の脳が、たかだか数百年の歴史しか持たない自然科学が扱う対象をきちんと把握し、理解できることには何の保証もないのです。
それでも私たちは、数式や言葉、モデルといった表現を用いて世界を単純化し、「これなら納得できる」という説明の形に落とし込もうとします。この営みこそが科学です。つまり、人間の身体を持った私達が、その脳を使ってこの複雑な世界を理解しようとすること、それが科学であって、その主語である人間を取り除いたところには、もしかしたら数学はあるかもしれませんが、しかし科学は存在しないのです。もしそうでなければ、この宇宙を構成する全ての素粒子の位置と状態をそのまま書き下せばそれがそのまま宇宙のもっとも完全な「理解」になるはずですが、普通はそうは考えません。人間の脳や身体を通じて、人間が理解出来るような理論や数式や論文に情報を「圧縮」するプロセスこそが、科学なのです。
一方で、AI for Scienceの議論を進めていくと、人間の科学とAIの科学が将来的に分岐していく可能性が見えてきます。有限の身体や認知構造を仮定しなければ、「理解」も存在しないという話をしましたが、AIにとってもこれは同じです。人間とAIでは情報処理の仕組みが大きく異なります。ということは、人間の科学的理解と、AIが自分の精度を上げるために行う「科学的理解」とにズレが生じることは、ある意味で必然であるとも言えます。
では、このズレは人間の科学にとって不都合なものでしょうか? この問題をどう捉えるのかには様々な考えかたがあると思いますが、今後の科学の歩む道にとっては大きな分岐点なのではないかと思います。我々AGISプログラムは、このズレを前向きに考えたいと思っています。つまり、人間の科学と「AIの科学」との緊張関係は、長い目で見ればむしろ人間の科学の可能性を広げるものだと私は思います。
新たな科学を、計算で支える。
科学研究はいま、大きな転換点に立っています。計算能力やAIの進歩によって、研究の進め方そのものが大きく変わり始めているのです。AGISが取り組む「AI for Science」は、計算資源とAIを、新しい科学研究の基盤として再設計することを目指しています。
AI利用格差が科学力格差になる
AGISが「AI for Science」として掲げるミッションは、AIを一部の研究者だけが使いこなせる状況を変え、より開かれた形で研究基盤として整備することです。言い換えれば、AIによって科学研究の再発明をしようということです。
私たちはよく、科学研究を加速する、という表現をします。これは、科学研究のサイクルをより早く回し、より多くのイノベーションに到達するということです。もちろんこれまでも研究費の増額や人材の確保によって、科学研究を加速する試みが行われてきました。しかし、それだけでは十分ではない時代に、私たちはすでに足を踏み入れています。現代において科学研究の加速の鍵を握るのは、計算資源とAIだからです。
現代において科学の進歩は、もはや一部の天才研究者による単発の成果だけで支えられるものではありません。仮説が生まれ、検証され、修正され、次の問いへとつながっていく。科学研究における反復的なプロセスに十分な計算資源が割り当てられ、AIやロボティクスが深く関与することによってもたらされる、人間の思考速度や作業量の制約を超えた科学。それを基盤にすることによってでしか、もはや科学研究の加速が得られない時代になりつつあるのです。
すでに、AIをめぐる格差は研究現場に「見えない分断」を生み始めています。米国や欧州では、AIの活用を前提とした研究基盤の整備が国家戦略として進められ、仮説生成から実験設計、データ解析に至るまでをAIが支援する研究スタイルが急速に広がっています。十分な計算資源やAIにアクセスできるかどうかによって、回せる研究サイクルの数は大きく変わり、その結果、成果に到達するまでの時間にも決定的な差が生じます。
すでに世界の一部の研究者は、かつて数カ月を要していた探索や検証を、数日から数週間で進められる環境を手にし始めています。一方で、同じ分野に身を置きながら、こうした変化から取り残されつつある研究者も少なくありません。この分断はやがて、個々の研究者にとどまらず、研究機関、さらには国全体の科学力の差として可視化されていくでしょう。私たちがAI for Scienceを通して実現することは、こうした分断を是正し、すべての研究者がAIの恩恵を受け、その結果として国としての科学研究を加速するということなのです。
すべての研究者が「使いたおせる」計算基盤へ
理化学研究所ではすでに、TRIP事業の中でAI for Scienceを実現するための計算基盤の開発が進められています。その延長線上に位置づけられているのが、スーパーコンピュータ「富岳NEXT」です。
「富岳NEXT」が目指すのは、研究者が計算機の存在を強く意識することなく、AIとともに科学を進められる環境となることです。実験と計算、理論とデータ、人間とAIが分断されるのではなく、ひとつの連続した研究プロセスとして結びつく。そのための基盤となることが、「富岳NEXT」のミッションです。
スーパーコンピュータ「富岳」が果たした役割は、計算能力そのものの到達点を示したことです。実験や観測を中心に発展してきた科学研究に対し、計算によって現象を再現し、理解し、先取りできる可能性を、具体的な成果とともに示しました。その功績は、計算が補助的な手段ではなく、科学を前進させる中核になり得ることを実証したことです。
「富岳NEXT」の役割は、「富岳」とは明確に異なります。「富岳NEXT」は、従来のスーパーコンピュータに期待されてきた「大規模計算を高速に実行する装置」という枠組みを超えたものとして構想されています。AIと数値シミュレーションを密接に結びつけ、仮説の生成・検証、コード生成、物理実証の自動化を含む科学研究全体のサイクルを飛躍的に高精度化・高速化することを前提に設計されています。
つまり「富岳NEXT」は単なる「富岳」の「次世代機」ではなく、科学の方法そのものを変えるためのインフラとして位置づけられているのです。研究者が仮説を思いつき、試し、結果を解釈し、次の問いへと進む。その一連の循環のなかに、AIが自然に組み込まれ、計算と実験が往復する速度と精度が桁違いに引き上げられる。「富岳NEXT」は、その循環を支える基盤として設計されているのです。
そしてこの計算資源をすべての研究者に利用可能にすること。つまりすべての研究者が使いたおせる計算基盤をつくることを通して、科学研究を加速する。それが私たちのミッションです。
オープンモデルによるオープンサイエンス
AI for Science、そして「富岳NEXT」によって、私たちはオープンモデルに基づくオープンサイエンスを実現したいと考えています。ここで言う「オープン」とは、単に成果やコードを公開することではありません。すべての人が参加でき、検証でき、再利用できる形で知が共有される、新しい科学のあり方を指しています。
現在、最先端のAIモデルの多くはブラックボックス化が進み、どのようなデータで学習され、どのような手続きを経て結果が導かれたのかが、外部からは見えにくくなっています。こうしたモデルは、利便性や性能の面では強力ですが、再現性と共有を重視する科学の基盤としては、根本的な課題を抱えています。科学において重要なのは、結果そのものだけでなく、「なぜその結果に至ったのか」を検証できることであり、その過程が共有されていることだからです。
AGISが担おうとしているのは、この課題を克服するためのオープンな計算基盤の構築です。AIモデルの設計、学習、検証、改良といった一連のプロセスを、計算資源とともに開かれた形で運用します。データ、アルゴリズム、計算過程が分断されるのではなく、科学的手続きとして追跡可能であり、第三者が検証できる状態を保ちます。これが、私たちが目指すオープンモデルです。
このようなオープンサイエンスが実現すれば、研究の進む速度そのものを引き上げることができます。共通の計算基盤の上でモデルや知見が共有されていれば、ある地域で行われた試行錯誤を、別の地域で最初から繰り返す必要はなくなります。これによって科学研究は、分断された取り組みの集合ではなく、連続した知の更新プロセスとして回り始めます。
もちろん、オープンであることは、デュアルユースを含む課題を伴います。しかし、閉じた中央集権型の仕組みだけで安全が保たれる時代がすでに終わっていることは、オープンソースソフトウェアが社会インフラとして定着してきた歴史を見ても明らかです。むしろ、透明性を確保し、多くの目によって検証されることこそが、科学的な信頼性と社会的な安全性を両立させる道だと考えられています。
「富岳」が「計算で何ができるか」を示し、「富岳NEXT」が「計算とAIによって科学をどう加速するか」を問う存在だとすれば、オープンモデルはその先にある共有の形式です。科学を一部の専門家だけのものにするのではなく、検証可能な知として社会に開いていきます。そのための新しい基盤を築くことが、AI for Scienceと「富岳NEXT」に託された役割です。
日本のスーパーコンピュータは、これまで世界から高く評価されてきました。これからの日本に求められているのは、その評価を国内にとどめないことです。世界のエコシステムの中で、計算資源、データ、ノウハウを提供し、共通の科学基盤づくりに主体的に関与する。そのなかで、日本がどのような貢献を果たしたのかを明確に示すこと。それこそが、これからの時代における科学立国の一つの姿なのではないでしょうか。
AIがつないだ、
サイエンスの知識とデザイン。
01はじまりはSFのような依頼
それは星新一が書いた小説のような依頼だった。
私はサイエンスライターを職業にしながら、メディア表現を広く扱う制作をしてきた。文章を書く、書籍を編集する、3DCGのアニメーションをつくる、近年ではアート作品として生成AIを用い、雑誌をまるごと一冊つくったこともある。
それらの経験から、直感的に面白いとは思ったものの、生成AIでデザインすることは難しいことも知っていた。生成AIは多くの場合、「デザインぽいもの」やその場しのぎの「それなりの画」を与えるもの、という印象が強い。ロゴのような、少ない要素で独自性が高いデザインをつくることには不向きだ。
興味をひかれたのは、AGISが掲げる「AI for Science」、つまり「科学するAI」をつくるというビジョンだった。
AIはサイエンスにとって新しい道具になるだろうか? 大げさに言えば、人間の知にとって、有用なのだろうか? そんなことがデザインとコミュニケーションから探求できたらと、この仕事を引き受けることにした。
02実現しなかったファーストアイデア
さっそくアイデアをつくることにとりかかった。真っ先に思いついたのは、アクセスするたびに形状が変化するロゴだった。固定された記号ではなく、見られるたびに異なる形を見せる記号だ。これならば生成AIの特徴を活かせるだろうと考えた。生成AIは、同じプロンプトでも、試行するたび異なるものを生成する。デザインとしての完成形を持たず、いわば分布的なのだ。この特徴を生かすならば、ロゴもまた、ひとつの固定された形を持たないほうがよいのではないか。そんな直感があった。
実装としては、ロゴをデジタルメディアに配置し、プロンプトのベースとなる要素をあらかじめプログラムに組み込み、アクセスしてくる人の固有データや振る舞いのデータをプロンプトに反映し、その都度ロゴ画像を出力するようなものである。これならClaude CodeやCodeXを使えばノーコードで自分でも実装できそうな気がした。
ただ、そのアイデアを少し具体化しようとすると、すぐにいくつもの難しさに突き当たった。ロゴは、表現として先鋭的であればいいだけではない。名刺、ウェブサイト、スライド、資料、看板、印刷物。さまざまなメディアのなかで安定して機能し、組織の顔として認識されなければならない。つまりロゴには、思想的な実験性と同じくらい、制度的な耐久性が求められる。観測のたびに姿を変えるというのは、ビジュアルアイデンティティとしては面白い。しかし、それが本当にロゴとして社会的に使えるかといえば、NOだ。
03情報が変える科学そしてデザイン
情報ってなんだろうか?
動物、人間、機械を情報によって理解し制御する概念「サイバネティクス」の提唱者として知られるノーバート・ウィーナーによれば「情報は情報であって、物質やエネルギーではない(Information is information, not matter or energy)」。この古典的な一節は、情報が単なる付随物ではなく、それ自体として世界を組織し、制御し、変形しうる独自の次元であることを示している。いまの情報社会において目の前で起きている変化も、まさにその延長線上にある。AIによって、情報はもはや人間が読み書きする対象であるだけでなく、自ら情報を生成し、再配置し、別の情報へ接続していく媒介になった。そして人間が扱える以上の次元を、彼らは扱いつつある。「科学するAI」はその最先端に位置する。
AIによってメディア環境も大きな変化を迎えているが、記号の流通はかつてないほど民主化されている。荒っぽく言い換えれば、プロンプトさえ打てば、誰でもそこそこ見栄えのいいデザインをつくれる環境のなかで、デザイナーは何を自らの哲学とすべきなのか。
それは知の流通でも同じではないだろうか。学術論文を学術知の流通の一形態と考えるなら、プロンプトさえ打てば、AIはそこそこの文献レビューをこなし、リサーチギャップを見つけ、論文にしやすい実験を提案することができる。もちろん、それらはまだ発展途上だ。AIに本当にアブダクション(観察された結果から最も可能性の高い原因を推測する論理的推論法)的な推論が可能なのかといった問いには、いまだ答えが出ていない。
果たして科学者は何を科学とするのか。デザイナーは何をデザインとするのか。両者の問いへの向き合い方は、相似形をしている。むしろ、その相似形を見いだしてしまえること自体が、現代という、過度に情報に偏った時代の特徴なのだろう。
04言葉からデザインをつくる
生成AIをつかうということは、このデザインはプロンプト、つまり言葉でつくられることになる。
もちろん、一般的なグラフィックデザインも「まるみのあるデザイン」といったカジュアルな言葉で表現されるものの、デザイナーやアートディレクターはまず「Hey Studioってのがあって、こういうカラフルな感じ」と、画を集めたりつくったりすることから始めるのではないだろうか? もちろんカジュアルなやりとりをAIとすることになったが、今回の制作は、科学の抽象的な言葉からデザインをつくっていくという明確な特徴があった。
ロゴは、そのプロジェクトや組織のアイデンティティであり、コミュニケーションの根幹をなすものだ。そのためにはまず、AGISの「AI for Science」を理解しなければならない。制作プロジェクトの序盤は、AGISに関わる研究者へのインタビューから始まった。
インタビューはプログラムディレクター/生命・医科学分野モデル開発プロジェクトディレクターの泰地真弘人氏、材料・物性分野モデル開発プロジェクトディレクターの吉田亮氏、共通基盤開発・整備プロジェクトディレクターの高橋恒一氏、計算基盤開拓プロジェクトディレクターの松岡聡氏へ行った。ロゴの基本的なコンセプトは、このインタビューのなかから生まれている。インタビューではAI for Scienceについてはもちろん、「科学するAI」と人間の科学者はどのように共存するのか、AIによって生み出された「知」を人間はどのようにして自分たちのものにすべきかといった内容について詳細に尋ねた。
【インタビューの様子はこちら】
また、インタビューの際には松岡氏から JAPAN SCIENTIST AI JAM SESSION 2025 の紹介があった。このイベントは研究者らがどのようにしてAIを使うかをハッカソンのような形式で模索するもので、OpenAIやGoogle Cloudから担当者も参加していた。リサーチとして、私は実際にイベントに参加し、科学者たちがどのようにAIを使っているかを観察した。
今回の制作では、AIを制作に大幅に導入することが奨励されていた。そこで、通常であれば人間の手で分析するところを、インタビュー内容のすべてをChatGPTに分析させた。するとChatGPTは、AGISを「理解できない複雑性を引き受け、探索が循環し続ける構造をつくり、人間とAIの役割を再編し、失敗を含めた知を公共的に蓄積し、科学そのものを更新し続けるための基盤」と要約した。
この要約は、よくできているようでいて、どこか機械的でもあった。内容は確かに集約されているのだが、人間的な抽象という感じがしない。むしろ機械的な捨象だといえる。これがAI的な表現なのだ。そして、これはデザインにおいても同じことが言える。
明確なことは、AGISとは単に「AIを使う研究組織」なのではないということだ。松岡氏の言葉を借りれば、それは計算資源とAIを、すべての研究者が“使いたおせる”研究基盤として再設計し、科学の循環そのものを加速させるインフラである。さらにその先には、ブラックボックス化した結果だけではなく過程も検証可能であるようなオープンモデルとオープンサイエンスの構想がある。
一方で高橋氏は、AI for Scienceを、人間の科学から何かを奪うものとしてではなく、20世紀科学が十分に扱えなかった非平衡系や複雑系に対して、新しい計算的な足場を与えるものとして位置づけていた。泰地氏は、仮説生成やモデル構築にAIが深く関与することで、科学の主体そのものが人間単独から人間とAIの複合体へ移っていく可能性を語っていた。吉田氏は逆に、データの希薄な高分子材料の研究では、AIが容易には届かない領域が広く残っていること、だからこそ人間とAIの役割分担の設計が重要になることを強調していた。
この四者の話を重ねると、AGISとは「AIを導入する場所」ではなく、科学のあり方を更新する場だということが見えてきた。科学の対象を新しくするだけではない。論文を書く速度をただ上げるのではなく、仮説の立ち上がり方や、研究主体のあり方そのものを組み替える。そのような組織のロゴをつくるなら、DNAや原子や脳のような既製品の科学的な記号では不十分だ。求めるべきは、科学の対象ではなく、科学そのものが変わる瞬間を描くことだと分かった。
このようにして言葉によってデザインの素材集めを進めていった。
05AIの科学が人間の科学とは異なるものになる
インタビュー調査を終え、具体的なデザインのモチーフ(表現や作品の中心になる題材・きっかけ・繰り返し現れる要素)を検討していった。私はモチーフとして、「AIの科学が人間の科学とは異なるものになる」と設定した。AIのデザインと人間のデザインが異なるように、科学もそうなるのではないか。この「分かれ道」はデザインとして何らかの形として表現できるのではないかと考えた。
次にデザインのアプローチとして、2つの方向性を考えた。ひとつは、「AIが人間とは異なるものをロゴに見出す」もの。もうひとつは、「人間固有の認識を表現する」ものである。つまり分かれ道を「AI側」から見るか、「人間側」から見るかというアプローチだ。
AI側のアプローチの例として思い浮かべたのが「敵対的サンプル」※1だった。人間にはほとんど違いがわからないような微細なノイズや改変を画像に加えることで、AIの認識だけを大きく誤らせる手法だ。たとえば特定の識別モデルにおいて、人間にはただのパンダに見える画像が、AIには高い確率でまったく別の対象として認識されてしまうことが研究では報告されている。このずれによって人間とAIがそもそも異なる仕方で世界を見ていることを表現できれば、面白いロゴになるのではないかと考えた。
一方の人間側のアプローチでは、人間にだけ生じる認知を表現に落とし込むことなどを検討することにした。ゲシュタルト法則や錯視に着目し、人間が断片から全体を補完し、見えていないものを構成してしまう認知そのものを、デザインの核にしよう考えた。
出典:Ian J. Goodfellow, Jonathon Shlens, Christian Szegedy, “Explaining and Harnessing Adversarial Examples,” ICLR 2015, arXiv:1412.6572, Figure 1.
06難航したデザイン探索
さっそくこれら2つのアプローチで具体的なデザインを探索し始めた。まずはAI側のルートだ。理研側にお願いをし、東京科学大学情報理工学院情報工学系/知能情報コースの佐久間淳教授を紹介いただき、インタビューを行った。インタビューでは敵対的サンプルをAGISのロゴ設計の発想源にしてよいのかを、AIセキュリティ研究の観点から検討した。結果としては、敵対的サンプルは特定のモデルや入力条件に合わせて設計されることが多く、拡大縮小や撮影経路の違い、別モデルへの置き換えで成立しなくなることがあるため、ロゴのような安定的な記号設計には不向きな面があることが示された。
インタビューを経て、敵対的サンプルの検討は見送ることになった。少し残念だったが、これもひとつの結果として受け止め、代案をChatGPTと議論し始めた。ChatGPTからは、「ロゴは存在しない。観測されたときだけ一時的に現れる」「AGISという文字列そのものが毎回異なるトポロジーを持つ」「ロゴは画像ではなく数式やモデルカードとして提示される」「ロゴは人間向けではなく、AI同士が識別するためだけのシグネチャである」などの提案があった。
とくに、「AGISという文字列そのものが毎回異なるトポロジーを持つ」という発想には惹かれた。そこで、画像生成プロンプトを生成させ、Adobe Fireflyで30から50枚を生成し、「これはAGISだと感じる限界」を人間側で観測し、変えてはいけない不変量を言語化し、それを次のプロンプトにフィードバックする、というプロセスで探索を進めた。
しかし、結果はうまくいかなかった。出てくるデザインがどれも弱いのだ。AIは、できないことをあたかもできるかのように語る。それらをどう生成してもうまくいかないというのが要因だった。AI側からのアプローチには、あまり未来がないように感じられた。
気分を変えて、人間側のアプローチについても探索を進めた。まずはChatGPTに「AIは錯視を起こすのか」と問いかけるところから始めた。すると、「私は錯視そのものを体験することはありません。ただし、錯視を引き起こす構造を理解し、再現し、説明することはできます」という趣旨の回答が返ってきた。
この差分は印象的だった。錯視は、人間の視覚系と知覚の癖から生じる。網膜での情報処理、視覚野での補完、過去の経験や文脈による推論などが組み合わさり、「見えていないものを見てしまう」「同じものが違って見える」といった現象が起きる。これは身体と神経系をもつ生物固有の現象である。一方、AIにとって錯視は誤認ではなく、人間が誤認しやすいパターンの集合でしかない。この差分そのものが、人間とAIの認識の非対称性を考えるうえでは重要だと感じられた。
しかし問題もあった。このアプローチでは、人間固有の認識を扱うことはできても、「では生成AIを使ったことの価値をどのように担保するのか」という問いが残った。両方のアプローチであまりいい結果が得られない日々が続いた。
07 「42」
デザインに限らないが、失敗が続くと、自分がなにもないところを掘り進んでいるような気持ちになってしまうものだ。そんなときに助けになるのは、人と話すことだ。
AGISの研究者の方々とは定期的にミーティングをする機会があった。こちらがデザインの探索で行き詰まっていることを話すと、興味深いアドバイスをいくつもいただいた。
あるとき、「つまりは、AGISでやりたいことは『銀河ヒッチハイク』なんですよ」と高橋氏は話してくれた。ダグラス・アダムスのSF小説『銀河ヒッチハイク・ガイド』は、 数多くの起業家や科学者に、軽妙な笑いとともにインスピレーションを与えてきた。そのエピソードの中では、この宇宙で2番目に優秀なコンピュータとされる「ディープ・ソート」が登場する。このコンピュータに与えられたプロンプトは、「生命、宇宙、その他もろもろの答え」を出すことだった(その他もろもろって何なんだ)。つまりこの世界が何かという複雑な問いを、コンピュータに投げかけるというエピソードだ。ディープ・ソートは750万年もの時間をかけてその答えとして「42」を出した。ところが、人間たちはその答えが何の意味を持つのかがわからなかった。
このエピソードはAIが完全に人間を超えてしまった世界のいち風景とも捉えられるし、人間とAIがまったく異なる世界モデルを持っていることを表現しているのかもしれないし、あるいは相容れない知能なのかとも想像させられる。
AGISが扱っている問題のひとつに、生命現象や気候変動、脳、社会システムに代表される非平衡系としての複雑系がある。人間の科学ではまだ答えが出ていない、というより、問題の設定そのものがまだ適切ではないのかもしれない。ここに「科学するAI」が何かの答えを出すとき、まさに『銀河ヒッチハイク・ガイド』の「42」のような出来事が実際に起きる可能性があるというわけだ。
これは興味深いと思い、さっそくAIにすべてのインタビューをアップロードし、こんなプロンプトを入れてみた。「AGISという組織を、ひとつの画にしてください」。しかし結果として出てきたのは、研究者風の格好をした女の子が描かれたアニメの絵だった。この絵を眼の前にしたとき『銀河ヒッチハイク・ガイド』を引用すれば「長いあいだ、口を開くものはなかった」といった気持ちになった。
こういったやりとりも、AIにできることとできないことを確認する作業だったと言えるだろう。
08インタビューができるからこそ、つくれるプロンプトがある
ミーティングでは他にも研究者から重要な指摘があった。「AIの科学が人間の科学とは異なるものになる」という理解自体が、少し違うのではないか、という指摘だった。
自然科学とは、自然の真理に向かう営みである。AIと人間は、それぞれ異なる筋道からそこへ向かおうとしているのであって、目指すものは必ずしも別ではない。この点は高橋氏も話していた。AIは人間の科学から何かを奪うものではなく、理論や計算の限界によって手の届かなかった複雑な領域に、新しい足場を与えるものなのだ。
科学するAIと聞いて、私は人間の科学者とつい対比構造でとらえがちになってしまっていた。しかし科学の前では、その捉え方は少し違うのではないか。もちろん、AlphaFold※2のような成果を見れば、AIのほうに分がある、AIが中心になって推進していくように思える研究領域もあるだろう。だが、AIはブラックボックスの側面を持つ。説明のないまま機能だけするモデルが生み出した科学を、私たち人間は科学とみなすだろうか? 泰地氏が指摘するように、それは同時に「理解とは何か」「説明とは何か」という問いを人間に突き返すものだ。 一方で吉田氏は、探索空間が事実上無限に広がり、データが十分に存在しない領域では、AIには明確な限界があることを示している。AIは既存データから学習することは得意でも、データが存在しない未踏領域に自力で踏み出すことはできない。この指摘には人間の科学者の可能性を感じられた。
AI for Scienceにおいて重要なのは、AIと人間の差異そのものではなく、パラダイムシフトなのだ。つまり、科学を新しい意味空間へと連れていくこと。それは人間の科学者の仕事であると同時に、AIとともにしかできない時代に、私たちは偶然生きているのだ。これをうまく表現することこそが、ロゴデザインの中心になるのではないか。ここにきて、ようやく方向性が見えてきた。
見栄えのいいものはデザイナーであれば誰でもつくれる。しかし、こういった今生み出されている知識やアイデアを言葉にし、そこからデザインをつくっていくというプロセスは、あるいはAIとの協業でしかできないことなのかもしれない。
09AIをデザイナーではなくディレクターにする
この時点から、私はまったく異なるプロンプトでAIと対話するようになった。これまでは、AIに自分が到達できないデザインをつくらせようとばかりしていた。それに対し、AIとともに新たな意味をつくりだすという方向へと舵を切っていった。
そこでAIに「デザインそのもの」をさせようとするのではなく、「方向性の設計」、つまりアートディレクターを担わせようと考えた。そこで、松岡聡氏、高橋恒一氏、泰地真弘人氏、吉田亮氏への個別インタビューと全体ディスカッションの記録とともに、「あなたはAI for Scienceを掲げるAGISのロゴデザインを行うディレクターです。インタビューの資料から、ロゴの中心となるアイデアを提案し、ロゴデザインの方向性をいくつか示してください」というプロンプトを与えた。このプロンプトでのAIとの協業は比較的うまくいった。試行を進め、最終的に以下のようなルール設定を行った。
設計から原案生成までをプロンプトで制御
デザインのプロセスとしては、原案の生成までをAIが、原案から実際のロゴへの実装は人間の手で行っている。AI for Scienceにおいて目指されていることをデザインで体現することを目指した。つまりAIと協調し、AIからインスピレーションを受けて新しいデザインにたどり着く、AI-inspired Designである。
生成にはAdobe Fireflyを使用
これは理研側からの仕様書で策定されている。原案の生成にはすべてAdobe Fireflyを使用することになる。Adobe Fireflyへのプロンプトは、Chat GPTで生成している。
生成されたものを原案として使用し、人間が最終的なデザインへ加工
最終的なデザインでは、原案の要素を抽象的に取り出す方法として、ジオメトリックデザイン、モジュラーデザインを採用。これらはロゴデザインの基本となるデザイン手法である。
Chat GPTとのやりとりでは、提案されたいくつかの方向性を選び、実際にロゴを生成しながら、人間の目で評価するということを繰り返していった。その結果からモックアップ版のデザインを作成した※3 ※4 ※5。
10知識とデザインをAIが繋いだ着地点
これらの案のうち、理研側で議論が進められ、最終的な案として、「PARADIGM SHIFT」と名付けた案が選ばれた※6。ここからは、人間による作業だ。AIによってつくられたものを、どうやって人間にとって新しい意味を持つデザインにしていくか。その着地点へと行くのは人間の仕事だった。
まずは資料をあたっていった。Jens Müller(編集)、Julius Wiedemann(編集)、R. Roger Remington(著)による『Logo Modernism』は大いに参考にした。この本には、いわゆるジオメトリック、モジュラーなデザインを用いた膨大な数のロゴマークが掲載されている。さらに、オランダのグラフィックデザイナーのKarel Martensや、Helmoといったデザイナー・デュオの作品もリファレンスとして参照した。これらは私の好みでもあるが、シンプルな図形と限られた色数で豊かな表現を行っている点で、ロゴのような制約の強い表現を生み出す上で重要なヒントをくれた。
この段階で納期までに残された時間は数週間程度。限られた時間の中で試作してはプリントするということを繰り返した。このプロセスでは、AIの考案したデザインが人間の使用条件には適合しない面も見えてきた。AIの提案した原案には、細かい線分が数多く書き込まれていたが、こうした要素は、ロゴのように縮小への耐性が求められるものには不向きだ。人間のデザイナーは通常避けるタイプの造形だ。これに対応するため、過去のTRIPロゴのガイドラインで最小とされるサイズまで縮小したときにも耐えられる本数まで線を減らすなど、視認性と美観を確認していった。
また、コンビニのプリンターをテスト環境に採用した。ロゴは、忙しい研究者がプレゼン資料などに使うものでもある。だからこそ、高精度な印刷ではなく、誰でも使えるプリンターで印刷しても正しく表現されることを重要視した。
ロゴ内に円弧のイメージを取り入れ、視線が円弧へ向かうようにすることで、同じジオメトリック・モジュラーで無骨なデザインでありながら、柔らかい印象を先行させた。また、理研のロゴに使われている青をメインカラーに採用し、他ロゴとの親和性も高めた。さらに、縮小時の再現性に対応するため、線分の細さを三段階に調整。これによって、縮小時にもデザインのコンセプト(3段階のシェード)が残るように工夫をした。こうしてAIのコンセプトを保持し、最終的なロゴへと着地することができた※7。
今回のデザインは、AGISの研究者らへのインタビューリサーチによって得られた知識、それらを言葉にしていく過程をそのままデザインのプロセスに繋げることができた。この点が、デザインのアプローチとして新しいのではないだろうか。
従来では、サイエンスの知識を扱うことと、デザインを実際につくる技術は独立しているものだった。今回はそのプロセスをAIによってシームレスに繋げることができた。このプロセスは誰にでも再現可能なものではないかもしれないので、手法とは呼べないが、今後の新しいデザインのためのケーススタディとして、興味深い例になってくれれば作者としては嬉しい限りだ。



















